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【矯正治療が進まない?】歯が動かない原因は骨性癒着(アンキローシス)かもしれません

日本矯正歯科学会認定医・歯学博士 河底晴紀

はじめに:歯が動かない違和感とその背景

歯列矯正では通常、ブラケットやマウスピースによる力で少しずつ歯が動いていきます。

実は、矯正治療で歯がまったく動かなくなることがごくまれにあり、その主な原因の一つに「骨性癒着」があります。骨性癒着(アンキローシス)とは、簡単に言えば歯と骨が直にくっついてしまった状態のことで、もしこれが起きていると矯正の力では歯が動かせなくなってしまいます。本記事では、矯正専門医として骨性癒着の基礎知識や原因、診断法、対応策についてわかりやすく解説します。

骨性癒着とは?歯根膜と歯槽骨の関係

骨性癒着(アンキローシス)とは、歯の根っこ(歯根)とそれを支える顎の骨(歯槽骨)が直接くっついて固定されてしまった状態を指します。本来、歯と骨の間には歯根膜と呼ばれる薄いクッションのような膜組織があり、歯根膜のおかげで歯はわずかに動ける柔軟性を持っています。矯正装置で歯に力をかけると歯根膜が刺激され、周囲の骨がゆっくりと作り替えられることで歯が移動できるのです。

ところが骨性癒着が起こると、この歯根膜が一部または完全に失われ、歯根が骨と一体化してしまいます。いわば歯が骨に“接着”されたような状態になり、矯正力をかけてもその歯だけはびくともしなくなります。これは、歯根膜がない歯科インプラントが骨と直接結合して動かないのと同じイメージです。骨性癒着が疑われる歯は、通常の矯正治療では歯を動かすことができず、治療計画に大きな支障をきたします。

なお、骨性癒着は特殊なケースであり矯正専門の歯科医師でも発見が難しい場合があります。多くは矯正治療を進める中で「どうもこの歯だけ動かない」と専門医が気付き、詳しく調べて初めて診断されることが多いのです。事前のレントゲン検査などで偶然判明するケースもありますが、治療前に完璧に見つけるのは極めてまれだと言われています。したがって、矯正治療中に違和感を覚えたら早めに担当の矯正歯科専門医に相談することが大切です。

骨性癒着の4つの原因(外傷、先天的要因、埋伏歯、感染など)

骨性癒着が起こる背景には様々な原因がありますが、主に以下の4つが考えられます。

  1. 外傷(ケガによる歯根膜の損傷) – 転倒やスポーツ外傷などで歯を強くぶつけた場合、歯根膜が傷つき、その部分で歯根と骨が直接癒着してしまうことがあります。例えば、幼少期に前歯を強打した後は見た目に問題がなくても、長い年月の中で徐々に骨と歯根がくっつき、後の矯正治療に影響を及ぼすケースがあります。外傷が原因の骨性癒着は、受傷直後ではなく時間が経ってから進行する点に注意が必要です。

  2. 先天的要因(原因不明の発育異常) – ごく稀に、生まれつき複数の歯が骨と癒着しやすい体質の方がいます。これは先天性の萌出不全とも呼ばれ、歯が生えてくる途中で何らかの遺伝的要因により歯根膜が失われてしまうと考えられています。原因ははっきり解明されていませんが、この場合一度に複数本の歯が骨性癒着を起こすこともあり、奥歯が揃って動かずに噛み合わせに異常(開咬など)が生じるケースも報告されています。先天的要因による骨性癒着は頻度こそ低いものの、専門医による慎重な診断が必要です。

  3. 埋伏歯(生えずに埋まったままの歯) – 本来生えてくるはずの永久歯が何らかの理由で歯ぐきの中・骨の中に埋まったままの状態を埋伏歯と言います。埋伏歯では長期間歯根膜に刺激が加わらないため、その機能が失われて骨と癒着しやすくなります。特に上顎の犬歯などは埋伏しやすく、矯正治療で引っ張り出そうとした際に実は骨性癒着していて動かなかった…ということがあります。埋伏歯による骨性癒着は、事前のレントゲン検査やCT検査である程度リスク予測できますが、実際に動かしてみるまで完全には分からない場合もあります。

  4. 感染・炎症(重度の虫歯や歯周病など) – 慢性的な歯の感染や炎症も骨性癒着の引き金になります。例えば、歯の根の先に大きな嚢胞(のうほう:膿の袋)ができるほど重度の虫歯だった場合や、重度の歯周病で歯を支える骨が炎症を起こした場合などです。長期にわたる炎症は歯根膜を破壊し、やがて歯根と骨が直接くっついてしまうことがあります。こうしたケースではまず原因となる炎症を取り除く治療(根管治療や歯周病治療)が優先されますが、その後の矯正治療では動かない歯が残る可能性があるため注意が必要です。

以上が主な原因の4つです。これらの要因を知っておくことで、矯正治療前のリスク評価や途中経過の観察に役立ちます。特に過去に歯を強くぶつけた経験がある方や、レントゲンで埋伏歯が確認されている方は、担当医とよく相談して治療計画を立てることが大切です。

どうやって診断する?(打診、動揺度、レントゲンなど)

骨性癒着の診断は専門的で難しい面がありますが、矯正専門医は以下のような方法で総合的に判断します。

  • 打診(だしん): 歯を軽くコンコンと叩いて音を確かめる検査です。骨性癒着を起こしている歯は、叩くと金属を叩いたような高く澄んだ音が響くことがあります。正常な歯であれば多少低めで鈍い音がしますが、癒着歯では骨に振動が直接伝わるため独特の音になるのです。この打診音は簡易診断法の一つで、経験豊富な歯科医師であれば違いに気付くことができます。

  • 動揺度の検査: 指や器具で歯を軽くつかみ、グラつき(動揺)があるかを調べます。健康な歯でも歯根膜がクッションの役割をするため、わずかながら指先に「ユラッ」とした動きを感じるものです。これを生理的動揺と言い、誰の歯にも多少ある現象です。しかし骨性癒着の歯では歯根膜が機能していないため、指で押しても全く動かないほどカチカチに固定されています。このような異常な固さは診断の重要な手がかりになります。

  • レントゲン検査: 歯と骨の隙間(歯根膜のスペース)が映るかどうかを確認します。通常、歯根膜はレントゲン写真で薄い線状に写ります。しかし癒着が疑われる場合、その歯の歯根膜の線が不明瞭か消失していることがあります。特に外傷や炎症の既往がある歯では要注意で、レントゲン上で歯根膜の黒いラインがぼんやりとしていれば骨性癒着の可能性が高まります。必要に応じてCT撮影を行い、立体的に歯と骨の関係を詳しく調べることもあります。

以上のように、打診音・歯の動揺度・レントゲン画像など多角的な検査によって診断します。ただし最終的には、「矯正装置で一定期間引っ張ってみてもその歯だけ全く動かない」という経過所見が決め手になることが少なくありません。矯正専門医は治療中にこうした異常に気付いた場合、すぐさま追加検査を行って骨性癒着かどうか確認します。繰り返しになりますが、骨性癒着の診断は高度な判断を要し、矯正を専門としない歯科医師には見逃される恐れもあります。不安な症状があれば遠慮なく矯正専門医に相談しましょう。

骨性癒着と診断されたときの治療法(再植、アンカー利用、補綴など)

万が一、検査の結果「この歯は骨性癒着している」と診断された場合、矯正治療の方針を変更する必要があります。以下に代表的な対応策を挙げます。

  • 歯を再植する方法(外科的歯根離開): 癒着している歯を一度部分的に脱臼(亜脱臼)させることで、歯根と骨の癒着を剥がしてしまう方法です。簡単に言うと、問題の歯をいったん抜歯する要領で少しだけ抜き、また元の位置に戻す処置です。こうして歯根膜の癒着をリセットできれば、残っている健全な歯根膜が再び機能して歯が動くようになります。この処置後は時間を空けず直ちに矯正力をかけることが重要です。間をおくとまた歯根が骨と再癒着してしまう恐れがあるため、再植後すぐにワイヤーやゴムで引っ張り始める必要があります。再植法は比較的侵襲が少なく有効なケースもありますが、歯根の状態によっては脱臼が難しい場合もあります。

  • アンカー(固定源)として利用する方法: 動かない歯であることを逆手にとり、その歯を矯正用アンカー(固定源)として活用するケースです。骨とくっついて動かない歯は、実は小型の**デンタルインプラント(ネジ式アンカー)**のような役割を果たせます。周囲の健康な歯を動かすとき、その癒着歯を支点にゴムやワイヤーを掛ければ効率良く引っ張ることができます。例えば、左側の犬歯が骨性癒着して動かない場合、右側の歯列をその犬歯を支えにして引っ張り、全体のバランスを整えるといった応用です。ただしアンカーとして利用した歯自体の位置ずれは解消しないため、最終的には後述の補綴治療などで見た目や噛み合わせを調整する必要があります。あくまで一時的な策ではありますが、矯正用インプラントを打たずに済むメリットもあり、患者さまの状態によっては選択肢となります。

  • 外科的に骨ごと移動する方法: 歯が完全に骨と癒着していて脱臼も難しい場合、思い切って歯槽骨ごと歯を移動させる外科手術を検討します。いわゆる「コルチコトミー」や「外科的歯の移動」と呼ばれる方法で、癒着している歯の周囲の骨に切り込みを入れ、その歯を含む骨片自体を所定の位置へ動かすものです。外科的処置になるため患者さまの負担は大きいですが、歯を抜かずに所望の位置へ持っていける利点があります。例えば前歯が骨性癒着して高い位置に残っている場合、骨ごと下方に移動させることで審美的・機能的改善を図ることが可能です。ただし手術の難易度や費用の面から、ケースバイケースで慎重な判断が必要です。

  • 抜歯して補綴(ほてつ)治療を行う方法: 残念ながら癒着歯の移動が困難な場合、その歯を抜歯して人工の歯で補う方法も現実的な選択肢です。具体的には、周囲の骨を最小限削りながら癒着した歯を抜歯し、代わりにインプラントを埋入したりブリッジで補ったりする治療です。

  • 矯正治療中にこの判断をするのは悔しいところですが、無理に動かない歯にこだわって治療を長引かせるより、抜歯して他の歯を理想的な位置に並べた後、最後に人工歯で見た目と機能を補うほうが結果的に満足度の高いケースもあります。また、抜歯まで至らなくとも、例えば少し低い位置で癒着してしまった歯は最終的に被せ物(クラウン)を装着して高さや形態を整えるといった対応も考えられます。いずれにせよ、補綴治療は矯正単独では解決できない部分を補う手段として有効です。

以上のように、骨性癒着と診断された場合でもいくつかの解決策があります。患者さまの年齢、口腔内の状況、本人の希望などを総合してベストな方法を選択することになります。大切なのは、こうした特殊な対応が必要になる可能性を矯正専門医があらかじめ想定しているかどうかです。経験豊富な専門医であれば、事前検査や治療途中のチェックで骨性癒着を見抜き、速やかに方針転換してくれるでしょう。

【参考】トム・クルーズの正中ずれも関連?

ハリウッド俳優のトム・クルーズは、その歯の正中(センターライン)が大きくずれていることで有名です。実際、彼は40歳のときに歯列矯正を受けており、白いセラミックブラケットを付けていた写真が話題になりました。しかしそれでもなお、上の前歯の中心は顔の中心線と微妙にずれたままだと言われています。歯の正中を完全に揃えるのは専門医にとっても難易度が高く、クルーズほどのトップスターでさえ完全には直せなかった(=妥協した)というエピソードは興味深いですよね。

もちろん、この正中のずれが骨性癒着によるものかどうかは定かではありません。ただ、例えば生まれつき歯が1本足りない場合や埋伏歯が存在する場合など、様々な要因で歯列の中心はずれてしまいます。トム・クルーズの場合も詳細な理由は公表されていませんが、いずれにせよ大人になってから完全に修正するのは容易ではなかったようです。このことは、「歯並びのズレは早めに対処するに越したことはない」つまり早期治療の重要性を示唆していると言えるでしょう。世界的スターですら苦労する問題ですから、私たち一般人も油断は禁物ですね。

早期相談の重要性と矯正治療成功のカギ

骨性癒着は稀なケースとはいえ、矯正治療の遅れや不調の原因になり得る大切なポイントです。特に一部の歯が思うように動かない場合、できるだけ早めに専門医に相談することが矯正治療成功のカギとなります。早期に発見できれば、それだけ対策を講じやすくなり、治療全体の見直しもスムーズに行えます。逆に発見が遅れると、治療計画の大幅な変更を余儀なくされたり、不要な期間装置を付け続けてしまう可能性もあります。

幸い、現在ではレントゲンやCTによる詳細な事前診断や、治療経過中の定期チェックによって、骨性癒着などの問題を比較的早期に察知できる体制が整っています。重要なのは患者さま自身も「おかしいな?」と思ったら遠慮なく声を上げることです。例えば広島県福山市で矯正治療を受けている方でしたら、ぜひ担当の矯正歯科医に経過を相談してください。矯正専門医(例えば日本矯正歯科学会認定医などの資格を持つ矯正医)であれば、骨性癒着のような特殊な症例にも精通しており、適切な検査と判断を下してくれるはずです。

また、骨性癒着そのものを防ぐ確実な方法はありませんが、定期的な歯科検診で虫歯や歯周病を早期治療すること、子どもの頃に歯の外傷があった場合は経過観察を怠らないことなどがリスク低減につながります。特に小児矯正の段階で埋伏歯や萌出異常が見つかれば、早めに対処することで骨性癒着を回避できる可能性があります。

矯正治療は患者さまの成長過程や歯の状態に合わせてプランニングするオーダーメイド医療です。少しでも不安があれば「早めの相談・早めの対策」を心がけ、一緒にベストな治療ゴールを目指しましょう。

まとめ:正しい診断と対応が未来の笑顔をつくる

矯正治療中に歯が動かないと感じたとき、その背後には骨性癒着という原因が潜んでいるかもしれません。骨性癒着は一般的なトラブルではありませんが、一度起これば専門的な対応が必要です。本記事で述べたように、外傷や先天的要因、埋伏歯、感染症など様々な原因で発生し得るため、矯正専門医は常に念頭に置いて診療にあたっています。大切なのは、正確な診断とそれに基づく柔軟な治療計画の変更です。経験豊富な矯正医であれば、骨性癒着と診断された場合でも適切な選択肢を提案し、最善のゴールへ導いてくれるでしょう。

歯並びは一人ひとり状況が異なり、問題解決の道筋も様々です。骨性癒着のように専門医でないと見極めが難しいケースもありますが、だからこそ信頼できる矯正歯科専門医に託す価値があります。正しい診断と対応こそが、最後には患者さまの未来の笑顔をつくる—私たちはその信念で日々診療に取り組んでいます。

筆者プロフィール:河底晴紀(歯学博士/日本矯正歯科学会認定医)

この記事は、河底歯科・矯正歯科院長河底晴紀が書いております。

◾️資格

・歯学博士

・日本矯正歯科学会認定医

◾️所属

・日本臨床歯科学会

K-Project

・FCDC

MID-G 

広島県歯科医師会

・福山市歯科医師会 理事

#前歯にアンキローシスがみつかった症例

 

 

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