矯正認定医更新

矯正認定医 2010 〜

先日、日本矯正歯科学会の矯正認定医を更新しました。
矯正認定医は一度取得したら永久に認定医であるかというと、そうではなく、5年毎に更新をしなければなりません。

ただ書類を出せば更新されるというものではなく、毎年矯正の学会に参加して、常に新しい知識や技術を研鑽しなければなりませんし、学会での発表や論文の投稿など、いくつかの条件をクリアしないと認定医を更新することができません。

歯科医師であれば「矯正歯科」の標榜を掲げ、治療を行うことはできます。

しかしながら、矯正歯科というのは専門性が非常に高く、知識、経験が豊富であることが必要なため、日本矯正歯科学会が矯正治療に関して適切かつ充分な学識と経験を有する歯科医師を「認定医」として認定しています。

私は患者さんに安心して矯正治療を受けていただくためにも今後も「認定医」を更新していこうと思います。

第69回日本矯正歯科学会

20100930_日本矯正歯科学会

9月27日と28日は休診して、横浜で開催された日本矯正歯科学会に参加してきました。

矯正歯科に関する学会の中では日本最大の学会です。
新しい材料や技術などが発表される場なので、毎年出席するようにしています。

ここ数年で矯正歯科の材料が大きく進歩しました。
当院でも昨年、矯正材料を最新のものに大幅リニューアルし、技術においても進化しました。

今年も新しい材料と技術に巡り会うことができたので
さらなる進化を遂げたいと考えております。

このように矯正歯科に限らず、医療の分野は常に進化しているので
幅広くアンテナを張り、良いと思うことは積極的に取り入れたいと思います。
これからも河底歯科・矯正歯科の進化にご期待下さい。

チャーチルの入れ歯

チャーチル入れ歯

第2次世界大戦中にイギリスの首相を務めたチャーチルの入れ歯が  先日オークションに出品され、予想の3倍を超える1万5200ポンド(約205万円)で落札されたそうです。

さまざまな名演説で戦時中のイギリス国民を鼓舞したチャーチルは、
この特注の入れ歯がなければ舌足らずな話し方になってしまい、
演説の歯切れが悪くなったそうです。

もしこの入れ歯がなかったら、歴史は変わっていたかも・・

河底歯科の歴史をひもとく

今年の4月に父から事業を継承し、
「河底歯科・矯正歯科」としてスタートを切ったわけですが
今回は河底歯科のルーツを簡単に書いてみたいと思います。

よく「二代目ですよね?」と聞かれるのですが、
実は祖父も歯科医師だったので、私は三代目になります。

私の祖父は北九州市で「河底歯科」という名称で開業しておりました。
祖父が歯科医師として働く姿は小さい頃に見た記憶があります。
上下の白衣と白い帽子をかぶっていたのが印象的でした。
私が歯科大学に入学し、歯科医師を目指している姿をみて大変喜んでくれました。

二代目となる私の父は大学卒業後、
広島大学病院にて矯正治療の診療および研究をし、
その後、昭和47年に福山で「河底歯科医院」を開業しました。

父は福山で最初に矯正治療を始めました。
今でこそ矯正治療は世間に広く認知されていますが
昭和47年当時、歯医者さんというのは虫歯の治療をするところであり、
歯並びを治すというのは、今から考えても画期的なことだったと思います。

父は新しい技術を常に取り入れるパイオニア精神を持ち合わせた人です。
私も数少ない矯正認定医の名に甘んじることのないよう、
常に新しい技術を身につけて、患者さんに還元できるように
勉強を続けてまいります。

そして今までの河底歯科が大切にしてきたものを残しながら
さらに飛躍していきたいと考えております。

ホームページリニューアルしました

院長の河底晴紀です。
この度、ホームページをリニューアルしました。
以前のホームページは先代が2003年に自分で作成したもので、
愛着のあるホームページでした。

今回のホームページリニューアルにあたり、
より患者さんに治療をわかりやすく受けていただくことを考慮した内容になっております。
医院名も「河底歯科医院」から「河底歯科・矯正歯科」に変更致しました。
このブログやホームページを通じて、新しい情報をお届けしますので、今後ともよろしくお願い致します。

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